■スポンサーサイト
■心・技・体
■村上 龍の講演会
■久留米絣でテーブルコーディネイト
■成り上がり&アーユーハッピー?

中学の時に矢沢永吉と出会った。
「時間よ止まれ」という曲だった。
肩からタオルを掛けて、スタンドマイクを振り回し、汗をかきながら、リーゼントをキメて、歌うその姿に痺れた。
「成り上がり」という本の存在を知って、買って読んだ。
ますます、矢沢が好きになった。
それから、時間が過ぎ、しばらく、矢沢を忘れていた。
新聞で、彼が大きな借金を抱えたニュースを受け取った。
そして、それからまもなく、彼は、教師の役者をしたり、コーヒーのコマーシャルに出たりした。
また、矢沢が気になりだしてきた。
そして、いつだったか「アーユーハッピー?」という本の存在を知って、買って読んだ。
感動して、胸が熱くなった。
本を読んで、心が熱くなったのは久しぶりだった。
俺は闘っているか?と自問自答した。
それ以来、この2つは、俺のバイブルとして、いつまでも輝き続けている。
(続く)

■竹の子工房からの風景
■久留米絣のスリッパ
■粋なご婦人・白いミニ

今日、会社の1階にいると、一人のご婦人が入ってこられた。
「お友達が来られるので、久留米絣のお土産を買いたいんだけど」とのこと。
予算、どんなものなど少し希望をうかがった後、商品センターに行って、いろいろと取り揃えてご婦人の前に商品を揃えて、説明をした。
そうこうしていると、当社の常務(というか私の母親)がやってきて、話に加わる。
なんだか、えらく話が弾んでいって、いつのまにか私は蚊帳の外‥‥。
結局、ご婦人は、久留米絣で出来たペンケースを4つ購入された。
ギフト用に包装をしながら、二人の会話に耳を傾ける。
うちの常務とこのご婦人は波長があった模様。終始にこにこされていた。そして、二人の話がおもしろいのだ。
しばしの談笑のあと、「それではそろそろ」「また、どうぞお越し下さい」と言って表に出ると、このご婦人「車で来てるのよ」とおっしゃる。
えーーーーーっ。お年をいうのもなんだが、このご婦人、ゆうに80歳を超えているのに、車運転しているのっ?
びっくりして、車を見ると、なんと、白いローバーミニではないか。
くわっこいいーっ。聞くと、なんと17年もこのミニに乗っていらっしゃるとのこと。
思わず、「写真撮らせてください!」と言って、うちの常務と一緒に撮影させてもらった。
握手して、お別れした。
お元気なご婦人と合えて、今日はよかった、と言うと、うちの常務が「うん」とうなずいた。
(続く)

■九州国立博物館その7

この夏、パサージュ広場に据えられた十七番山笠「天神一丁目」の飾り山笠を目の当たりにして、その雄大な姿にあらためて息を飲んだ。
山笠の正面側を表、そして後ろ側を見送りという。この呼び方は、舁き山であっても飾り山であっても変わらない。そして、その表も見送りも豪華絢爛な装飾がほどこされているのだ。
そして、そこには、博多の伝統工芸である博多人形が飾られている。そして、その人形は本物とみまちがえるほどリアルだ。その技術の高さがうかがえる。
表は「義経颯爽鵯越誉(よしつねさっそうひよどりごえのほまれ)」という表題だ。義経ら3人が、摂津の国で、馬に乗って攻め入ったその姿が躍動感あふれて表現されている。中村信喬氏の素晴らしい作品だ。
そして、見送りには九州国立博物館にちなんだ『美の国 日本』が表現されている。
卑弥呼、菅原道真、出雲の阿国、そして、今回展示されている唐獅子図屏風の躍動感あふれる唐獅子があでやかに飾られている。
そして、そのような太古の歴史的な人物などを見つめる岡倉天心。
この九州国立博物館の必要性を訴えつづけたその人物がちゃんとこの飾り山にも表現されているのだ。
この見送りを作成した人形師は、井上和彦氏。博多人形界の若手ホープである。
以前、氏とご一緒させていただいたことがある。今回の「天神一丁目」飾り山に関わる人たちの顔合わせということで、私もその中の端くれとしてお邪魔させていただいたのだ。
名前も同じ和彦ということで、勝手に親近感を持たせていただいた。そして、いろいろと人形の話をうかがった。とても勉強になった。
私たちオカモト商店は、法被を作るという立場でこの飾り山のプロジェクトに参加させてもらい、同時にこのような出会いも頂いた。
そんなことを思いながら、ご縁の大事さを改めて噛み締めた。
そして、飾り山を眺めながら、2階へのエスカレーターを登って、いよいよ「美の国・日本」が展示されている特別室に入った。
(続く)

■九州国立博物館その6

1階のエントランスホール。2階が、今回の特別展「美の国・日本」の展示である。そして、その2階に伸びるエスカレーターの前に、展示されていたものがあった。
本年度の博多祇園山笠十七番山笠「天神1丁目飾り山笠」である。
その威風堂々の姿を見て、改めて感動が押し寄せてきた。
というのは、この天神1丁目の飾り山笠を建立するにあたって、今年の夏、僕らの会社で当番法被を作らせていただいたからだ。
少し説明が必要だと思う。
博多祇園山笠は、博多の夏の祭りである。とあっさり言ってしまったが、今その事に付加する情報をここで言ってしまうのは、あまりにも情報量と思いが強すぎて、その方がいいと思ったからだ。
そして、博多祇園山笠は、動く山笠(舁き山笠)と飾り山笠に分けられる。
いわゆる動と静の対比であるが、その飾り山笠は、山笠期間中、福岡市内の各所に据えられている。
そして、この十七番山笠は、この夏、はじめて飾り山笠として加わり、天神の大丸とエルガーラの間、いわゆるパサージュ広場にその居を構えたのである。
そして、山笠には、法被がつきものだ。平たく言えば、ユニフォームである。そして、それは通常、久留米絣の生地を使って、仕立てることになる。
その文様は、その場所の由来、地名などを象りながら、織りの柄として形作ることになる。
つまり、どこに山笠に属しているかが、その文様を見ると一目で分かる、というような按配になる。
そして、この新設された天神1丁目の法被を、名誉なことに、当社がこの夏、作らせていただいたというわけだ。
そして、今回、このようなお話を頂くご縁になったのは、僕自身もこの博多祇園山笠に1999年から出させていただいていることに起因している。
法被を作ったこの春から夏の思い出が頭を駆け巡り、胸がいっぱいになった。そして、パサージュ広場で見た山笠とはまた違ったそれを見ることが出来て、感激ひとしおだったのである。
(続く)

■九州国立博物館その5

エスカレーターは、アーケード状になっていて、そのドームが七色の光に輝いていた。なんだか、異次元の空間にタイムトリップしそうな感じだ。
ちょうど、ディズニーランドのスペースマウンテンのような、そんな不思議な感覚を彷彿とさせるエスカレーターだ。
七色に輝いているその光は、色が交互に入れ替わるので、写真を撮ると、赤だったり、青だったり、シャッターを取るタイミングで、色が全然違うのだ。
そんな仕掛けを楽しみながら、エスカレーターを上っていると、久留米絣をお召しになったご婦人とすれ違った。
品のいいワンピース、確か文人柄だったと思う。瞬間的だったから、推測だが、儀右ヱ門の製品だったような気がする。
立ち止まって、お礼をいいたくても、エスカレーターの上りと下りでは、そんなこともままならない。残念というか、しかたなく降りていくその方を見送りのみだ。
そういえば、久留米から西鉄電車に乗るときにも、久留米絣をお召しになっているご婦人と出会ったのだった。そのときは、名刺をお渡しして、いつもありがとうございます、とお礼を述べることが出来て良かった。
このような形で、街中で、または観光地で、久留米絣をお召しになったり、持ったりされている方と出会うとことは、この上ない喜びだ。
何より久留米絣が生きている、生かされている、その人の人生の一部になっている、そんなことを感じて、無性に嬉しくなるのだ。
だから、この日は、とても幸せだった。改めて感謝を。
そして、エスカレーターを上りきると、そこには、ガラス張りの現代的な建物がそびえていた。曲線的なデザインが、山の風景に溶け込んで、なんとも美しい。
静寂。緑。そのような大自然の中に、極めて現代的なアーキテクチャーがあり、それが何の違和感もなく、周囲の風景とマッチしているこの風景もまた、この博物館のアート感覚に寄与しているような感じだ。
しばしの間、その完成されたランドスケープに感動していた。
さあ、いよいよ館内に入ってみる。そのエントランスフロアにあったものは‥‥
(続く)

■九州国立博物館その4

茶色の社と、そこから上に伸びるエスカレーター。「美の国日本」の看板が掛けられているその社が九州国立博物館への入り口だ。
一瞬、この社が博物館かと思ってしまった。というか、以前、大宰府に立ち寄ったときに、これが博物館かと勘違いしたのである。
実は、これは博物館の序章に過ぎず、またほんの入り口でしかなかったのだ。
ただ、そこに掛けられている黒地に金文字の「美の国日本」を見たときに、これから見れるであろうその壮大な歴史ドラマを予感させるものがあった。
ゲートをくぐって、社の中に入っていく。そこからエスカレーターと動く歩道が始まっていた。
そして、そのエスカレーターに乗って、古の世界にタイムスリップするのだが、エスカレーターに乗っている最中も、驚きがあった。その驚きとは‥‥
(続く)

■九州国立博物館その3

鳥居をくぐって、太鼓橋をわたり、すぐ右に曲がると国立博物館への入り口が見えてきます。
最初、国立博物館の位置がわからず、近くにいたバスガイドさんに聞いてしまいました。まだ、案内板などが少ないので、迷われるかもしれません。太鼓橋をわたって、すぐ右に曲がることを覚えておくといいと思います。
さて、この太鼓橋について少し語らせて下さい。
心字池にかかる御神橋は、太鼓橋・平橋・太鼓橋の三橋からなり、過去・現在・未来の三世一念という仏教思想を残しているそうです。
また橋の下に澄みわたる心字池は漢字の心を形どり、池の中で優雅に泳ぐ鯉たちは、人々を楽しませています。
そんないわれをまったく知らずに、幼かった時分の僕は、この橋を渡っていたわけですが、
この橋の大きなカーブはもちろん今も昔も変わらずそこにあり続けているのです。
そういえば、確かさだまさしの歌で「飛梅」というタイトルだったと思いますが、この3つの橋について歌っていたと思います。中学ぐらいに聞いた歌なので、どのような内容だったかは忘れましたが、さだまさしは、結構、九州の歌をモチーフにして楽曲を作っていますよね。
梅の季節になるとこの池のまわりは絶景です。ですから、これから九州国立博物館見物と梅の観覧というのが、春のゴールデンコンビになりそうです。
さあ、いよいよ九州国立博物館のゲートが見えてきました。そこで僕が目にしたものは‥‥
(続く)

■九州国立博物館その2

九州国立博物館にアクセスするには、西鉄電車で大宰府まで行くのが一番だ。
車で行くのももちろん可能である。しかし、駐車場が限られているので、駐車場探しで手間取るともったいない気がするのだ。
それと、電車を降りて参堂を抜けていくそのプロセスも、この国立博物館へアクセスする魅力のひとつだと思うからである。
参堂には、たくさんのお店が並んでいる。おみやげ物やも非常にバラエティに富んでいて、福岡の名品はじめ様々なグッズが購入できる。
もちろん、久留米絣も多くのお店でならんでいる。僭越ながら、僕らの儀右ェ門ブランドの商品も多くのお店で扱っていただいている。大宰府で弊社の商品とはじめて出合ったというお客様の声も多数寄せられているのだ。
ありがたいことこの上ない。この場を借りて、お取引先の皆様にお礼を申し上げたいと思う。
それから、大宰府に行ったら、必ず買っていただきたいのは、梅が枝餅である。
この梅が枝餅は、菅原道真が好物だったことにその起源があるそうだ。都から左遷された道真公に同情し、ある老婆が餅を差し入れたことから、その歴史ははじまっているらしい。
なぜ、梅なのか?ということだが、道真公が亡くなった後、好物だったこの餅を大宰府に多く咲く梅に刺してお供えしたことからその名前が付いているそうだ。
そんないわれはともかくとして、餡子の甘さと餅のぱりっとした歯ごたえが妙にマッチして、子供からお年寄りまで多くの方を魅了しているこの梅が枝餅。かくいう僕も大ファンである。
というわけで、博物館に行くまでにあちらこちらに寄り道してしまう魅力たっぷりの参堂をぶらり歩いてもらうためにも西鉄電車は、お勧めなのである。九州国立博物館には、どうぞ
西鉄電車で!って、西鉄から宣伝料いただきたい勢いです。
いよいよ参堂を抜けて、鳥居をくぐり、本殿に近づいて行きます。
(続く)

■九州国立博物館その1

日曜日に開館した九州国立博物館に行ってきた。
東京、京都、奈良に続く、国立としては4番目の国立博物館が、僕達が住む九州、それも昔から馴染みのある場所である大宰府に開館したというのは、とてもうれしいことだし、また誇らしいことだ。
大宰府という場所は、福岡に住む多くの人々にとって何らかの思い出がある場所だろう。それは、太宰府天満宮が、学問の神様菅原道真を祀っているということもあって、受験の際に必ず立ち寄るお宮さまだからだ。
そういう僕も、例にもれず、お世話になった。ご利益があったかどうかはともかく、受験のときの「お約束」というようなものだったので、半分はその行為自体が楽しかったのだろう。
高校入試、大学入試、あるときは友達と、あるときは当時お付き合いしていた女の子と、という具合に、共に行く人は変われど、楽しい思い出であることは変わらないのだ。
入試以外でも、思い出はたくさんある。中でも、おじぃちゃんと大宰府に行ったことは今も忘れない。
正月が多かったと思う。まだ幼い僕と、もっと幼い弟を連れて、よく大宰府に連れて行ってもらった。特別何かがあるわけではない。西鉄電車に揺られて、大宰府まで行き、参堂を歩いて、お宮にお参りをする。
そして、隣接している「だざいふえん」で遊び、園の中のレストラン、というか屋台でカレーライスを食べる。あのとき食べていたカレーライス、なんと美味しかっただろう。
帰り道、参堂で家族のみんなに梅が枝餅を買って帰るのも定番だった。そして、必ず何かひとつおもちゃをかってくれたやさしいおじいちゃん。
何か、今こうして、タイプをしながら、昔を思い出して、なんだか胸がいっぱいになって、
もうこれ以上書けなくなった。
全然国博(九州国立博物館)のことまで話が行かないので、しばらくこの話を続けたいと思います。
(続く)

■夕暮れの筑後川

昨日は、めでたくホークス勝って、おもわず溜飲を下げた一夜だった。泣いても笑っても今日ですべてが決まるのだ。頑張れ!ホークス!
今日は、久留米の宮の陣にあるビジネスプラザに午後出かけた。インターネットセミナーに参加するのがその目的だ。
内容はとてもためになった。
ブロードバンドがほぼ普及したと言っていい状況の中、ITを使って何をするのか。そんな基本的な考え方が整理できたことはとてもよかったと思っている。
会場は、なぜか年輩の方が多かった。なぜか、というのもおかしいかもしれない。ITに関しては年齢は関係ないのだろう。若いからITスキルが高く、年輩の方だから低いというのは単なる思い込みなのだろう。
地方にも本格的なIT社会が押し寄せてくることを確信した。
講演が終了し、会社までの帰り道。筑後川の川沿いに車を走らせていった。
夕暮れ時ということもあり、川面がまぶしく光っている。
久留米という街の西に位置する悠々と流れる筑後川。そのスケールの大きさから筑後次郎と呼ばれているこの川は、いつも雄大だ。
時代が変わり、情報伝達の手段が変わっていっても、このように自然の姿は変わらない。いや変わらないであってほしい、と思うのだ。
川沿いに車を走らせながら、そんなことを考えた。
(続く)

■西鉄 バスと地下鉄七隈線

午前中、博多小学校へ次女と二人で出かけた。所属している博多祇園山笠の関係で、その地区の町内運動会を見に行ったのだ。
博多小学校は、とてもモダンな建物だ。コンクリート打ちっぱなしのデザインは、とてもすっきりしていてとてもいい。
子供から大人までいろんな世代で、競技を繰り広げているのを見て、本当に楽しそうだと思った。そして、町の自治、コミュニティが深く根付いた博多の町のすばらしさを改めて感じた。
午前中で、その場を後にした。家内の友達がバザーをしているというので、西区福重までいかなければならない。家内と長女は先に現地に行っている。
現地まで、バスと電車を乗り継いでいくことにした。車は家内が使っているのだ。博多座の前から、ベビーカーを押しながらバスに乗り込む。
車窓から博多、天神の町の風景が飛び込んでくる。風情があってとてもいい。
いつも、移動は車が多いのだが、こうやって改めてバスにのってぼんやり外を眺めていると車ではわからないようなことが再発見できて、これはこれでいいもんだ。
そういえば、西鉄バスのCMに井上陽水が歌を歌っていた。あのCMもなんとなく時間にとらわれずにゆっくりとバスを利用するようなコンセプトがあったような気がする。
大丸の前で降りて、地下鉄に乗り換える。1年前出来た七隈線だ。
これで、3回目の乗車だ。乗車率が悪いらしいが、今日もとても空いていた。緑のきれいな電車と、ピカピカの駅なのにもったいない気がする。
結局、バスにしても地下鉄にしても、その魅力をどうPRするかにかかっているだろう。
車という利便性に負けない魅力を出し続ければ、おそらく活用する人たちはもっと増えていくのだろう。
単なる移動の手段でなく、独自の魅力を発揮してもらいたいと思った。
バザー会場に行くと、子供たちが砂まみれで遊び転げていた。ホント元気だよな。
(続く)

■福岡市総合図書館

昨日は、久留米の会社に戻ってから、久留米絣組合主催のボウリング大会に参加する予定だったのだが、残念ながら間に合わなかった。
その後の懇親会(いわゆる飲み会)から参加した。みんなボウリング大会の後だからテンション高すぎ。後から来た人間としては少々きついものがあった。
とりあえず、若手の輪の中で酔いにまかせて偉そうな話をする。「はいはい」とかうなずいてるけど、あれホントに聞いてるのかなあ。まあいいか。どっちにしてもたいした話じゃないからね。
そんなわけで、少々二日酔いなのだが、今日はあるところに行かねばならないのだ。
車で、ももち方面へ向かう。向かう先は、福岡市総合図書館である。
最近、子供たちの成長と共に、図書館に行くことが増えた。子供の絵本とか、紙芝居とかを借りに行くのだが、同時に自分の本も借りている。
図書館という存在をずっと忘れていた。本は好きなのだ。どちらかというと活字が好きな人種だ。だから結構本は買うのだが、図書館という選択肢はなぜか無視していたのだ。
これが結構いいのである。はっきり言ってはまりそうだ。子供の絵本コーナーとかも、結構あなどれない。何かひとつひとつおもしろいのである。
なぜだろう、と考えたのだが、これは、やはりセレクトだと思った。例えば大型書店などにいくとあらゆる新刊本も含め、玉石混合の本の山が迫ってくるから、何がよくて何が悪いかわからないのだ。
つまり、多すぎてわからない、というヤツだ。
それで、図書館に行くと、何かこう「オススメ」みたいな感じでセレクトされている感じがするのだ。ひとつひとつが何か読んでみたい雰囲気を漂わせているのである。
それで、最新の週刊誌とかもあるし、新聞とかもあるから、これ下手すると朝から晩までいれちゃうくらいの感じだ。実際は、子供もいるからそんなことはできないが、もし、一人だったら絶対ありだと思う。
なおかつすべて無料だから、こんないいこと無いのである。
図書館なんて、昔からあったのに、なんで、今頃こんなこと気付くのかなあ。などとつぶやいてみたりするのだが、とにもかくにも、子供ともどもこれからもお世話になろうと思っています。
ちなみに10冊借りれるのだが、僕は子供との交渉の末、やっと2冊借りれました。俺のカードなのに。なんだかなあ。
(続く)

■CRMセミナー、そして夕暮れの浄水通り

今日は早起きして、始発の電車に乗って会社へ。昨日まで、出張だったのでいろいろと仕事がたまっているのだ。
会社に行って、しばらくすると見慣れぬ声がしたので、誰だろうと思ったら、宇都宮東武の田中さんだった。来年の計画のために、昨日から久留米にお越しになっているのだ。
それから間もなくして、甲府岡島の小林さんもいらっしゃった。お二人にご挨拶をして、少しの時間会話をした後に、すぐに出かける。
今日は、福岡商工会議所でCRMセミナーに参加する予定になっている。
CRMとは、customer relationship managementの略であり、つまり「より良いお客様との関係作り」ということである。我々にとっては、永遠のテーマであり、おそらく多くの商業者にとってもそれは同様だろう。
お客様がいない商売なんてありえない。当然である。しかし、我々はどれだけお客様のことを理解しているだろう。
実のところ、その理解と尊敬があれば、CRMということ自体が意味をなさないのかもしれない。
時間を超え、自然な形でいい関係をずっと続けていく。口で言うのは、たやすいことかもしれないが、実はとても困難なことであり、そしてなかなか手に入れにくいものなのかもしれない。
講義の内容は、とても充実したものだった。(株)ミリオネットの大井社長、クリエイティヴディレクターの原さん、(有)RCCの鎌田社長、斉藤さんにこの場を借りてお礼を申し上げたい。
また、一緒に受講した皆様とも名刺交換が出来てとてもよかった。何かの機会があって、再会できれば嬉しい。
終了後、浄水通りにある福岡店へ。夕暮れ時、動物園に続く長いゆるやかな坂道を歩きながら、今日の話があたまの中をかけめぐった。
長く伸びたこの道をゆっくりと歩きながら、我々の店まで足を運んでくださるお客様がいらっしゃる。
どのような思いを抱いてこの道を歩かれているのだろうか。
そのようなことに思いを馳せ、今日の講義の内容と照らし合わせながら、色んなことを自問自答した。
お客様に心から感謝したい。
(続く)

■神戸、靴の工房

関西出張2日目、今日は、神戸にある靴の工房を訪問した。
出会いは、ネットからだ。弊社のホームページをご覧になって、何かお取り組みをというメールを頂いたことがはじまりだ。
我々は、久留米絣のメーカーだから、なんで靴なの?と思われるかもしれないが、話をいろいろと聞くと、絣と皮をコーディネイトして何か出来ないか、というアイディアを持ってらっしゃるのだ。
何回かのやりとりがあって、まず1回お会いしてということになり、今回の訪問の運びになったのである。
工房の名前は、サン、という名前だ。
数字のサンなのか、息子という意味なのか、それとも太陽なのか?
行って聞こうと思っていたことをすっかり忘れていた。
つまり忘れるぐらい、新鮮な驚きがあったということだ。
靴工房、という名のごとく、まさにそれは職人の世界で、とくにここはオーダーメイドを主体とした工房なのである。そして、その技術はハンドソーンという高等技術に裏付けられたものであり、大量生産とは一線を画した「手仕事」を大事にしていらっしゃるのだ。
社長からいろんな話を伺って、我々の絣の世界と合い通じるものを感じた。
また、実際、出来た靴の見事なこと!まさに惚れ惚れするような美しさなのだ。
近年、外反母趾などで悩んでいらっしゃる方も多いと聞く。そのような方からの注文も数多くあるそうなのだ。
話を伺っているうちに自分も靴に対する認識が一歩深まったと思う。というよりもこれまでいかに無頓着だったか、ということだろう。
話は熱を帯びて、結局4時間くらいお邪魔してしてしまった。しかし、ある程度お話の方向性が固まったので、よかったと思う。
この取り組みは、いずれ何らかの形でご紹介したいと思っています。その際は何卒よろしくお願い致します。
長居してしまって本当に申し訳ないと思った。しかし、それだけお互い真剣に向き合った結果だと、生意気にも思っている。
いろいろといいお話をしていただいた社長様。そして二人のお弟子さま。皆様に改めて感謝したいと思う。
靴に賭ける情熱。神戸での出会い。職人魂。そんなものを土産にしながら、胸に秘め、神戸を後にした。
(続く)

■大阪出張

大阪に出張した。
先日、東京ギフトショーに参加した時に、とあるデパートの方と名刺交換をさせていただいたのだが、そのとき、催事のお取り組みをという話があった。
まずは、現場を、ということで今回お伺いすることになったのだ。
久留米を午前中に離れ、博多まで出て、新幹線に乗り込む。事前に購入したお弁当を食べながら、いろんなことを考える。
事前に名刺交換をしているものの、初めての場所にいくということでそれなりに緊張しているようだ。と言いつつ、広島の前あたりから、うとうとしだして、岡山を過ぎるまで寝入ってしまった。
いい加減なものである。
そうこうしているうちに新大阪に到着。関西は久しぶりだ。
JRと地下鉄を乗り継いで、心斎橋まで向かう。約束の時間より、15分ほど早く到着したので、ぶらぶらとあたりを散策する。
「関西は、景気最悪ですよ」
昨日、出会った関西の方がそのようなことを言ってたのを思い出した。大阪は、中小企業が中心の社会だから、というのがその根拠だそうだ。大企業は回復しているものの、その余波は中小まで回っていない、というのが彼の言い分である。
とは言っても、通りは活気に溢れていたし、相変わらずの圧倒されるような熱気はそこかそこに感じられたのだが。
本当のところはどうなんだろう。
商談は、いいものになった。場所の確認も出来たし、先方が意図するところも大体掴めたからだ。宿題もたくさん頂いたし、厳しい意見もたくさん頂いた。ハッキリと、ストレートにお話いただけることはとてもありがたいのだ。
昔から、商人の町というところだから、大阪には学ぶべきところがたくさんあるだろう。この出会いを大切にして、大阪とさらなるご縁が結べたらありがたい。
デパートを後にすると、阪神タイガースの大きな旗が揺れていた。
ホークスも早く優勝を決めて、福岡大阪決戦が出来ると嬉しいものだ。
(続く)

■トップオブシナガワ

いとこの結婚式に参加するための東京訪問も、今日で最終日だ。今日は、旧知の友人と品川で会うことになっている。
しかし、子連れで東京にいると、やたらと疲れる。恐らく、短期間でいろんなところにいこうとするからだろう。それに加えて、階段の多さだ。特にベビーカーを押していると、そのことはもろに感じる。
バリヤフリーも進んでいると思うが、点から点へ移動する際のアップダウンが多すぎて、疲労困憊となる。
また都内、特に山手線内は、人の速度が早すぎて、ベビーカーを押しながらその流れに沿うのは至難の業だ。
福岡から出てきたからそう感じるのだろうか?それとも都内には、子供連れは立ち入るべからずなのだろうか?
そして、僕達一行は、待ち合わせ場所である品川に到着した。
わかりやすい場所を、ということで、品川プリンスホテルを指定してもらった。
今日お会いする方は、スズキ先生だ。なぜ先生かというとお医者さんなのである。
もともと、奥さんどおしが、幼馴染であり、そのご縁で、僕も仲良くさせていただいているのだ。このように機会あれば、ご一緒いだだけていろんな楽しい話ができるのはとても嬉しい。
いつだったか、「今中洲(福岡の繁華街)にいるから、出ておいで」とお誘いいただいたことがある。学会かなにかで福岡にいらっしゃっていたと思う。いわゆるサプライズで、思いがけずお会いできてとても嬉しかったことを憶えている。
そんなスズキ先生一家と、昼食を共にした。場所は、プリンスホテル最上階の「トップオブシナガワ」でのバイキング。食べ放題というと、味が伴わない印象があるが、ここのバイキングは格別だった。子供たちも大喜びだった。
最上階から、東京を見渡して、あらためてその大きさにびっくりした。はてしなくビルが続く街の光景は、福岡では考えられない。
大都会。ともすれば埋没してしまいがちなその世界の中で、今日も戦っている人たちがいる。都会を理解せずに、田舎を語ることはできない、とも思った。また逆も真なりだ。
スズキ先生一家にお別れをして、飛行機に乗り込んだ。みんな疲れていたのだろう。すぐに寝入ってしまった。
かくいう僕もそうであった。
(続く)

■いとこの結婚式

いとこが結婚した。
リュウスケ君。石原裕次郎をちょっとだけ太めにしたナイスガイだ。
彼は、同時に僕の高校の後輩にもあたる。また、ラグビー一筋に生きてきた男で、今もとあるチームのキャプテンを務めているそうだ。
感動的な結婚式だった。涙あり、笑いあり、彼のサービス精神が随所に現れた素晴らしい結婚式だった。
また、奥様にも初めてお会いした。礼儀正しく、また優しさの中に芯の強さを持った佇まいの素晴らしい女性だった。
きっとこれからいろんなことがあるだろう。だけど、二人で力を合わせてすべてを乗り切ってもらいたい。そんなことを思った。
式のラストに歌を親戚一同で歌った。皆が知っている歌を、という僕の父親からのリクエストもあって、長渕強「乾杯」を選んだ。僭越ながら僕の下手なギターと、弟のヒデキのタンバリンで伴奏をした。タクトを振るうのは、大学時代コーラスの指揮者だったリュウタロウだ。
結果は、大いに盛り上がって、新郎も新婦も喜んでくれた(と思う)。
実は、僕個人としては違う歌にしたかった。その曲は「あの鐘を鳴らすのはあなた」みんな知らないということで没になったが、どうしてもやりたくて、曲の最後に2フレーズだけ突然やった。これはこれで結構よかった(と思う)。
とにかく、これからの二人の前途に大きなエールを送りたい。
ちなみに、引き出物は弊社「儀右ェ門」のランチョンマットを採用してもらった。多くの人に絣が行き渡った事は、あきないの立場としては、この上ない喜びだ。
柄は、鶴と亀の絵絣。千年万年の「飽きない・幸せ」を心より願っている。
(続く)

■西武百貨店渋谷店平成元年同期会

8日の日は、ディズニーランドに行った後に、宿泊先である池袋に移動した。
ホテルにチェックインして、すぐさま出かける。以前勤めていた西武百貨店の友達が、上京にあわせて集まってくれるという。また、子供連れの僕らに気を使って、池袋にその場を決めてくれた。うれしい限りである。
僕らは、平成元年入社組みである。まだバブル経済、華やかしいころだ。
当時の就職状況は完全な売り手市場で、学生が多くの企業から声をかけられて、何社も内定をもらい、どこに行くかを選択するような時代だった。
僕は、あまり大学になじめず、無気力な学生だった。バイトばかりをやって、ただただ酒を飲み、雀荘に通い、遊んでばかりの4年間だった。
売り手市場というのは、あくまでもちゃんとした学生という前提というのは、いつの時代でも変わらないところだろう。僕は、何をやりたいのかもわからず、就職活動にもどうも気が入らずにいた。しかし、どっかで何かを見つけたい、という思いは沸々とあって、変に鼻持ちならない野郎だったという気がする。
そんな野郎だから、不採用の連続で、なかなか就職先も決まらなかった。
そんな僕を唯一拾ってくれたのが、西武百貨店だった。
当時の西武は、糸井重里氏のコピーに代表されるような極めてユニークな事業を展開していた。「生活創業産業」という名のもとに、多くの関連会社を擁して、会社同士の相乗効果とグループとしてのスケールメリットを追う、というようなまさに時代の先頭を走っていたような会社だった。
そんな西武に平成元年に入社した。配属は渋谷店になった。同期入社は、確か80人くらいだっただろうか。会社としてではなく、店単体である。全部あわせると何人くらいだったのだろう。そこで、多くの友達と出会うことになるのである。
そして、それから16年が経った現在。残念ながら、ほとんどの同期組が西武を去った。あるものは新天地を求め、あるものは結婚し、あるものは家業に就くため、と理由は様々だろう。かくいう僕もその中の一人である。
しかし、こうして何かがあると少なからず集まって、酒を酌み交わし、取り留めのない話ができることは本当にうれしいことだ。きっとこんな関係はこれからも続くだろうし、また続けていきたいと個人的に思うのだ。
そして、現在も西武でがんばっている奴等がいる。そして、それぞれの場でがんばっている奴等がいる。それは自分にとっても励みになるのだ。
わざわざ、時間を割いて池袋まで来てくれたモリ・フクシマ・コバヤシ・ウルシの各氏に改めてこの場を借りて御礼を言いたい。
どうもありがとう。
(続く)

■東京ディズニーランドでの敗北

今日から、東京である。といっても、今回は仕事での上京ではない。いとこのリュウスケ君の結婚式に参加するするためだ。
リュウスケ君は、現在、旅行代理店J社に勤めている。大学が東京で、そのまま就職し、今回めでたく結婚と相成ったわけだ。
日曜日が挙式なので、休みを利用し、家族とともに1日早く東京入りして、東京ディズニーランドに行ってきたのだが、連休初日ということもあって、いやはや物凄い人の多さだった。
11時くらいに到着し、まずはファストパスを、ということで、人を掻き分け目的のアトラクションにひた走った。お父さんは体力がないとやっていけない商売なのである。
目指すは、プーさんのハニーハント。ファンタジーランドまで走る走る。やっと到着。さあ、ファストパスを取ろうとして、入場可能時間に目をやって、その瞬間愕然とした。
「入場可能時間は21時。」「待ち時間160分」
まじかよぉぉぉーっ。
つまり事実上、これは見られませんよ。ということなのである。いや並べば見れるが、160分を犠牲にすることは出来ない、という事情がこちらにはある。また、今日は19時30分には約束をしているのという事情があるのだ。
よって、ディズニーランドにおける計画は当初の目論見が大幅に変更を余儀なくされ、ほろ苦い一日となったのである。
おかげで、家族には、ちょっと不満足感が残っただろう。
今回のことで、安易にディズニーランドに行こう、という考えは甘い!ということに気づかされた。ディズニーランドは、綿密な情報収集と戦略で臨むべきもので、とても硬派で骨太なテーマパークなのだ。
あえて、自戒をこめて言おう。
「事前準備なくして、ランドに行く資格なし!戦略なくして、ランドでは楽しめない!」
次回は、これを教訓にして、きっちりとリベンジする事をお約束する。
(続く)

■米粒カットソー

当社の自慢の商品を今日は紹介したい。
「米粒」カットソーである。
このカットソーは、ワッフルという肌触りの良い生地を使用している。このワッフルは、もともと子供用に開発された生地である、という逸話からも、その心地よさはご理解いただけると思う。
ふんわりとやさしく軽く、旅先などでも重宝するアイテムなのだ。
当社は、このワッフル素材に1捻りしている。
我々は、絣屋なので、絣の柄をこのカットソーにプリントしているのだ。実物を御覧になっていただければ分かると思うが、絣の微妙なかすれ具合まで再現したプリント技術は、特筆に価すると自負している。
柄は、久留米絣のもっとも典型的かつなじみやすい「米粒」柄を採用している。
「米」は我々日本人にとってなくてはならないものだ。そんな普遍性を込めたネーミングで、この名前を僕はとても気に入っている。
そして、もう一つこだわりがある。
それは、本物の絣生地を胸ポケットの裏側と、両裾脇にあしらっているのだ。さりげなく、ちらりと絣が見えるところが好評を博している。
しかも、絣は、いろんなバリエーションを使用しているので、同じ本体色でも、ちがった顔を見せてくれる。だから、これは、厳密に言えば限りなく1点ものに近いのだ。
これだけ、こだわって、お値段は6800円。(税抜き)
夏のカジュアルウェアとしては、もちろん、秋冬の室内でのウェアとしても使えるこの米粒カットソーをどうぞ皆様かわいがってください!!
(続く)

■日本の未来。九州の未来。

当社のウェブサイト「儀右エ門ドットコム」のリニューアルが急ピッチで進んでいる。
新しいサイトは、当社の営業メンバーのブログや、産地便り、また各店舗のスタッフのブログなど、内容充実・パワーアップして近日中に公開予定だ。
また、たくさんのお客様からのご要望にお答えして、ネットショップも開設予定である。内容は、どんどん変化していくと思うし、この先どうなるかを、当事者である僕自身も非常に楽しみにしている。
ウェブマスターである当社の高田くんが、連日連夜、技術を駆使して、ここまで作り上げてくれた。本当にありがとう。この場を借りてお礼を申し上げたい。
どうか皆様、新しくなった「ニュー儀右ェ門ドットコム」にご期待下さい。そして、どうぞ足を運んでくださいませ。
さて、昨日は夕方から福岡天神のエルガーラホールに出かけた。
目的は、あるシンポジウムに参加するためだ。
「日本の未来。九州の未来」というタイトルのシンポジウムで、英国エコノミスト誌編集長であるビル・エモット氏の基調講演と、麻生福岡知事・梶山九州大学総長、石原JR九州社長によるパネルディスカッションというのがその内容だった。
さすが、見識者のシンポジウムだけあって、とても内容の濃いものだったし、自分としてもとても勉強になった。特に、ビル・エモット氏からの「バブル期に日本人が失ったものは、規律と柔軟性(フレキシビリティ)」という発言は大いに考えさせられた。
規律というものは、つまりルールを守るということであり、柔軟性というのは、状況に応じて変化していくというものである。要するに、2つの背反していることを同時に併せ持つ力を持っていたということなのだろう。これは、言葉にするとあっさりしているが、とても重みのあることだし、かつ困難なことだとも思う。
なにせ、違うものを1つの中に同居させうるということだからだ。
しかし、ビル氏は、その講演の中で、その強みを日本は、取り戻しつつある、と断言されていた。ゆえに、今後の未来に楽観している、ということだった。
知恵の創出という「日本の強み」が復活しつつある、ということなのだろう。
そんな話を聞きながら、当社に、また自分自身に置き換えていろいろと考えたこの日の講演だった。
少なからず、九州の魅力作りに貢献できれば、などと考えもした、この日だった。
(続く)

■ハートランドビール

家に帰る道すがら、1件のスーパーに立ち寄ることがある。
このスーパーに立ち寄る目的は、ある物を買うことだ。
そのある物とは、「ハートランドビール」である。
グリーンのボトルに入ったこのビールが大のお気に入りなのだ。
10年くらい前か、いやもっと前かもしれない。発売されて、一時、生産中止になったのだろうか、あまり市場で見かけなくなったのだが、最近店によっては、時々見かけるようになった。
最近、ビール市場もプレミアムビールが、活況を帯びていると聞くが、デザイン・味などで他の追随を許さない、とひそかに思っている銘柄なのだ。
以前は、500mlのサイズしかなかったようだが、最近は350mlも発売されているようだ。
緑という色も関係しているのか、このビールを飲むと、何となく心が安らぐのである。
そういえば、僕の好きな日本のミュージシャンで佐野元春が引き連れていたバンドが、「ハートランド」という名前だった。(現在は、ホーボーキングバンドというバンドを引き連れている。)
ハートランド。「心の国」とでもいうのだろうか。そのネーミングも秀逸だと思う。
そういえば、東京に「バードランド」という焼き鳥屋さんがある。かなりの人気店らしいが、こちらは、まだ行った事がないので、是非一度行きたいと思う。
そんなことで、今宵も「ハートランド」ビールを、心深く、しみじみと、味わうのである。
(続く)

■朝カフェ、福岡

朝、早起きして天神に行った。
「朝カフェ」なるものが期間限定で、オープンしているという。岩田屋新館・イムズ前・西日本新聞会館前を拠点として、カフェをオープンし、福岡の朝の情景を新たな観光資源にしようという試みなのだそうだ。
朝の情景と言えば、海外の朝はすばらしい。非日常ということもあるだろうが、そこに住む人たちの動きとあいまってなんともしれないムードをかもし出している。
パリ・サンジェルマンデプレでのカフェオレ、ニューヨーク・ソーホーのベーグルサンド、ハワイ・ワイキキのパンケーキ‥‥。
そんなに頻繁に海外に行ったことがない自分でさえ、その朝の光景と食材、そしてそこに介在する人々たちが織り成す世界は、その旅の強烈なインパクトとして残っているのだ。
何年か前、東京の浅草に泊まったことがある。その時の朝の情景も素晴らしかった。
観光地としての浅草ではなく、生活という名の浅草の姿。下町に住む人々。煙の向こう側に浅草寺がぼんやりと見え、違った街の世界がそこには広がっていた。
天神かいわいは、ゆっくりとくつろぐ場所がない、という話はよく耳にする。そんなこともあるのだろう、あわただしい通勤の中、何かくつろげる場所の創出をすることは大変意義があると思う。
誰かが、場を作り、そして人が集まり、そこで何かクリエイティビティな文化がはじまる。そんなパリのカフェ文化のようなものが福岡に根付くと素敵だな、と思った。
黄色いのぼりと揃いに制服は、ちょっとナチュラル感に欠けているかな、と思ったりしたが、「福岡の朝の情景づくり」にチャレンジしている彼らに注目をしたい。
余談だが、帰り間際、アンケートの記入を依頼された。
福岡の朝食でのイメージは?という質問には「明太子とおきゅうと」と答えておいた。
(続く)

■家の近くのバー
■東芝スペシャルからくりぎえもん

今日は娘の幼稚園の運動会だった。
はじめての運動会である。娘ももちろんであるが、自分にとっても親になってはじめての運動会だ。
知り合いが「幼稚園の運動会は、社会の縮図だ」などと言っていたが、なんとなく分かったような気がした。
娘ははじめての運動会でちょっと緊張気味だった。まあ、来年がある。俺にも来年があるのだ。
会は、折からの雨によって、午後のプログラムが中止になった。よって、午前中で終了。後は、何もすることがなく、普段の疲れを癒そうと家でぐったりしていた。
うとうとと寝て、目をさまし、テレビのチャンネルをひねると、なんと「ぎえもんが‥‥」
とかテレビで言っとるではないか。急いで番組表を見ると「東芝スペシャル からくりぎえもん」なる番組である。
東洋のエジソンと言われた田中久重。彼は幼少の時の名を「ぎえもん」といい、機械作りにおいて天才的な才を発揮し、「からくりぎえもん」なる異名をとった。
この番組は、彼の偉大な功績である「からくり」へのオマージュと、彼が150年前に作ったからくり人形の修復がその大きな内容だった。
途中からしか見れなかったのが残念だった。が、その内容はとてもわくわくするものだった。
最後にテレビが発した言葉が強く印象に残った。
曰く「ぎえもんが目指したもの。それはからくりによって、多くの人達を楽しませることであった。」
僕達は、「ぎえもん」という名前をネームにしている現実に対して、もっと精進していこう。この日のテレビを見て強く感じた。
多くの人を喜ばせようとした、ぎえもんの精神の少しでも継承して、名に恥じないものにしていきたいと思う。
来年の運動会が来たら、そんなことを思ったことをきっと思い出すな。
(続く)

■福岡店のカウンター

弊社の唯一の路面店である、福岡店には、喫茶のスペースがある。今風に言うと、カフェというヤツだ。
この福岡店、場所は、浄水通りという通りにあるのだが、福岡の中心地である天神から私鉄で1駅目、薬院という駅が最寄駅だ。
薬院から歩いて15分くらいの距離である。薬院からは58番の西鉄バスに乗って、5分くらい。九電記念体育館というバス停が最寄のバス停である。
「薬院」というぐらいだから、昔は施薬院とかがあったのだろうか。また浄水通りというぐらいだから何か水に縁がある土地なのだろうか。何かと興味をそそる土地名ではある。
さて、この福岡店には、カフェがあって、かつカウンターもある。このカウンターに腰掛けて、バーボンでも飲みたいところだが、あいにくお茶のみになっています。
ですが、とっても座りごこちがよいカウンターですので、福岡にいらっしゃた暁には、是非天神の喧騒から抜け出して浄水通りまで足を伸ばしてくださいませ。
お待ち申し上げております。
(続く)







