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■名古屋から津、和歌山へ。
昨日の夕方、名古屋に移動して、今日は名古屋三越へ。売り場の店長さんやスタッフと話をしました。
名古屋の夏は、蒸し暑くて有名ですが、今日もその評判(?)に違わず暑かったのでした。と、そのことを売り場の人に言うと、「今日はまだいいほうですよ。」とのこと。そんなに暑かったとは、つゆ知らず‥。
近鉄線で、津に移動。売店で買った「天むす」を車中で食べる。美味い!元祖天むす「千寿」というしおりが入っていて、その由来が書いてありました。
津の松菱さんへ。売り場を訪問しました。

お店はアットホームな雰囲気で、なんとも心地よい空間でした。
さらに近鉄線で、和歌山へ。近鉄百貨店に行き、売り場のスタッフといろんな話をしました。
どこも滞在時間1時間くらいでしたが、いろんな収穫があって、とても有意義な一日でした。
名古屋の夏は、蒸し暑くて有名ですが、今日もその評判(?)に違わず暑かったのでした。と、そのことを売り場の人に言うと、「今日はまだいいほうですよ。」とのこと。そんなに暑かったとは、つゆ知らず‥。
近鉄線で、津に移動。売店で買った「天むす」を車中で食べる。美味い!元祖天むす「千寿」というしおりが入っていて、その由来が書いてありました。
津の松菱さんへ。売り場を訪問しました。

お店はアットホームな雰囲気で、なんとも心地よい空間でした。
さらに近鉄線で、和歌山へ。近鉄百貨店に行き、売り場のスタッフといろんな話をしました。
どこも滞在時間1時間くらいでしたが、いろんな収穫があって、とても有意義な一日でした。
■札幌に出張です。
■giの近くにある「そば勢」。

福岡市浄水通りにある「gi」の近くに「そば勢」というお蕎麦やさんがあります。
ここは、山笠で親交のある友達がやっているお店です。もとは、中洲川端にあった、玉屋デパートにあったお店だそうです。
博多と言えば、うどん!というイメージですが、実は、こだわりのお蕎麦屋さんもしっかりとあるのです。
彼のお父様は、勲章をもらうほどの「蕎麦うち名人」であります。こだわりのお蕎麦が堪能できる「そば勢」へ、giにお越しの帰りにでもお寄りくださいませ。
「そば勢」ホームページ
■白くまアイス。

3時のおやつに、当社の女子社員が、白くまアイスを買ってきてくれた。
白くまアイスをご存知だろうか?パッケージには「九州名産」と書いてあるが、鹿児島が元祖だ(ったと思う。)。
白いバニラアイスに、フルーツがちりばめられており、なんとも色鮮やか、かつ、ほのかな懐かしさを感じさせる逸品なのだ。
今日食べたのは、丸永製菓のもの。「元祖」白くまではないが、すごく美味しかった。
丸永製菓は、久留米の会社である。なかなかに素朴でナイスなアイスを
提供している。ナイスなアイス!って、おいおい親父ギャグになっとるやんか〜(怒)。
それはさておき、女子社員による、気遣いによる感動と、アイスをかみ締めた冷たさでジーンときた、暑い夏の午後3時だった。
丸永製菓ホームページ
■川端ぜんざい。

昨日、博多に所用があって、出て行った。
一仕事終わった後に、ちょっと甘いものでも‥、ということになり、川端中央商店街にある川端ぜんざいを食べることになった。
上川端の飾り山が、どーんと鎮座する店内は、博多川に面して吹き抜けになっており、なんとも風情があって気持ちよい。
川面から、そよぐ風に当たりながら、冷たいお茶とともに、ぜんざいを頂く。
う〜ん、美味い‥‥。
なかなかぜんざいなど食べることなどなかったが、なんだか今日はすごくこの甘さが体に染み渡った。
店内にあるテーブルとバンコ(長いすです)も味わい深い。平日はお休みなのでお気を付けください。
ちなみに、ぜんざいは、400円也。なんともまったりとした気持ちになれることウケアイです。
■満州屋の餃子。
■井桁の会。
■西鉄電車の中にて。
■最近よく飲むビール。
■今年も山笠が終わりました。
毎年、7月1日より行われる博多祇園山笠に、大黒流の一員として、今年も参加することができた。
午前中は、久留米で仕事、午後は博多、という形で、仕事を抜けさせてもらうことになった。同僚の皆には、私事で大変申し訳なかった。
7月1日の注連卸(しめおろし)から始まり、7月4日の夜警当番、7月9日からは、締め込みを締めて、水法被を着て、連日、汗を流すことができた。
7月9日は、筥崎へのお汐い取り。たっぷりと湿度があった一日だった。筥崎への道中、かなり、脱水症状でまいっていた人が多かったようだ。
7月10日。流れ舁き。誠に光栄なことに、この日の山で、台上がりをさせていただいた。腹の底から、「オイサ!オイサ!」と叫びまくった。
7月11日。朝山。朝の神々しい中で、山に何度もつくことができた。
7月12日。追い山馴らし。僕の尊敬する先輩が、コースで台上がりをされた。このときは、絶対棒を渡さない、とばかりに頑張った。
7月13日。集団山見せ。普段はあまり入らない、見送りの3番棒についた。背丈が合わないので、ものすごくきつかったが、これも山!と思い、歯を喰いしばって棒を担いだ。
7月14日。流れ舁き。山小屋まで、娘と走ることができた。きっと娘もいい思い出になるだろう。若手の何名かが、台上がりをした。感謝の気持ちをこめて、山笠を精一杯後押しした。
そして、7月15日の追い山。
帰宅したのは、10時で、集合時間は12時である。つまり、寝る時間ががないのだ。とりあえず、洗濯をして、乾燥機をフルパワーにして、けたたましく出て行った。
娘二人が寝床で寝ている。二人に心から感謝をした。それから、いつも家庭を支えてくれる妻にも。
今年に入って、祖母が3人亡くなった。山笠に出るのもためらったが、きっと元気な姿を喜んでくれる。そう考えて、精一杯元気に行こう!と思った。
1時30分。山小屋から山笠待機位置まで、山笠が動く。3時30分。手打ち。その後、いったん、詰め所に戻った後に、5時すぎの舁き出しまで待機する。
その間、いろんなことが頭をめぐった。
朝と夜の境目の中で、意識ももうろうとしながら、生きることって何?みたいな答えがいつまでも見つからないようなことを、なぜか考えていた。
4時59分。一番山のスタート。博多祝いめでたが鳴り響く。僕たちの大黒流は、三番山だ。
一歩一歩、山据えに近づく山笠。そして、スタート位置へ。同じ町内の後輩が、櫛田入りをすることになっている。頑張れ!と声をかける。
「5秒前!」すこし間があって、「ヤー!」の声とともに、勢いよく山が飛び出した。
それから、30分後。無事に、山は決勝点に着いた。本当にお世話になった取締が、決勝点までの最後の台上がりをされたこともあって、最後まで精一杯頑張った。残念ながら、最後の最後で負けて、決勝点を山と一緒に通過することはできなかったが、来年に向けて、また課題ができた。
29分49秒。堂々の一位タイムであった。男たちの達成感いっぱいの雄たけびが須崎の問屋街に鳴り響く。
詰め所に帰って、最後の直会(なおらい)。酒を酌み交わし、よか男たちと涙を流し、肩をたたきあい、握手をして、心から開放された瞬間を皆で味わった。
力を出し尽くすこと。そんなシンプルで、力強いことが今までできていなかった自分に気付いた山だった。そして、きっと今年の山は、これからの自分に何かの指針を示してくれた、そんな気がしてならない。
今年できんやったら、来年。来年できんでも、さ来年。人生は、いつまでもネバーギブアップ。叩きのめされても、蹴飛ばされても、何回も起き上がって、いつでもファイティングポーズをとる。
山も、仕事も、そして人生そのものも、そうしていきたい、と思った。
そして、そんなことを気付かせてくれた、山笠というものに今年も心からの感謝を送りたいと思った。
午前中は、久留米で仕事、午後は博多、という形で、仕事を抜けさせてもらうことになった。同僚の皆には、私事で大変申し訳なかった。
7月1日の注連卸(しめおろし)から始まり、7月4日の夜警当番、7月9日からは、締め込みを締めて、水法被を着て、連日、汗を流すことができた。
7月9日は、筥崎へのお汐い取り。たっぷりと湿度があった一日だった。筥崎への道中、かなり、脱水症状でまいっていた人が多かったようだ。
7月10日。流れ舁き。誠に光栄なことに、この日の山で、台上がりをさせていただいた。腹の底から、「オイサ!オイサ!」と叫びまくった。
7月11日。朝山。朝の神々しい中で、山に何度もつくことができた。
7月12日。追い山馴らし。僕の尊敬する先輩が、コースで台上がりをされた。このときは、絶対棒を渡さない、とばかりに頑張った。
7月13日。集団山見せ。普段はあまり入らない、見送りの3番棒についた。背丈が合わないので、ものすごくきつかったが、これも山!と思い、歯を喰いしばって棒を担いだ。
7月14日。流れ舁き。山小屋まで、娘と走ることができた。きっと娘もいい思い出になるだろう。若手の何名かが、台上がりをした。感謝の気持ちをこめて、山笠を精一杯後押しした。
そして、7月15日の追い山。
帰宅したのは、10時で、集合時間は12時である。つまり、寝る時間ががないのだ。とりあえず、洗濯をして、乾燥機をフルパワーにして、けたたましく出て行った。
娘二人が寝床で寝ている。二人に心から感謝をした。それから、いつも家庭を支えてくれる妻にも。
今年に入って、祖母が3人亡くなった。山笠に出るのもためらったが、きっと元気な姿を喜んでくれる。そう考えて、精一杯元気に行こう!と思った。
1時30分。山小屋から山笠待機位置まで、山笠が動く。3時30分。手打ち。その後、いったん、詰め所に戻った後に、5時すぎの舁き出しまで待機する。
その間、いろんなことが頭をめぐった。
朝と夜の境目の中で、意識ももうろうとしながら、生きることって何?みたいな答えがいつまでも見つからないようなことを、なぜか考えていた。
4時59分。一番山のスタート。博多祝いめでたが鳴り響く。僕たちの大黒流は、三番山だ。
一歩一歩、山据えに近づく山笠。そして、スタート位置へ。同じ町内の後輩が、櫛田入りをすることになっている。頑張れ!と声をかける。
「5秒前!」すこし間があって、「ヤー!」の声とともに、勢いよく山が飛び出した。
それから、30分後。無事に、山は決勝点に着いた。本当にお世話になった取締が、決勝点までの最後の台上がりをされたこともあって、最後まで精一杯頑張った。残念ながら、最後の最後で負けて、決勝点を山と一緒に通過することはできなかったが、来年に向けて、また課題ができた。
29分49秒。堂々の一位タイムであった。男たちの達成感いっぱいの雄たけびが須崎の問屋街に鳴り響く。
詰め所に帰って、最後の直会(なおらい)。酒を酌み交わし、よか男たちと涙を流し、肩をたたきあい、握手をして、心から開放された瞬間を皆で味わった。
力を出し尽くすこと。そんなシンプルで、力強いことが今までできていなかった自分に気付いた山だった。そして、きっと今年の山は、これからの自分に何かの指針を示してくれた、そんな気がしてならない。
今年できんやったら、来年。来年できんでも、さ来年。人生は、いつまでもネバーギブアップ。叩きのめされても、蹴飛ばされても、何回も起き上がって、いつでもファイティングポーズをとる。
山も、仕事も、そして人生そのものも、そうしていきたい、と思った。
そして、そんなことを気付かせてくれた、山笠というものに今年も心からの感謝を送りたいと思った。
■7月1日、大忙しの日。

7月1日。今日は、朝から大忙しの日だった。
まず、朝6時に山笠の注連卸(しめおろし、と言います)のために集合。当番町である寿通まで行って、笹取りおよび設置の作業をする。
終わったのが、朝7時過ぎ。一緒に作業した赤手拭、若手の皆様は、朝食を食べにいかれていたが、私は仕事の関係で、後ろ髪ひかれる思いで、博多を後にする。
一旦、家に帰ってから、シャワーを浴びて、久留米の会社へ。今日は、本来ならば休みだったのだが、7月から新しい組織変更があって、席替えと整理整頓をすることになっている。
せっかくの休みだが、幾名には出勤してもらった。大変申し訳ない。
午前中、作業をして、また再度福岡へ。大丸パサージュ広場に今日からお目見えした「天神一丁目山笠」の披露パーティに参加するためだ。
昨年、この山笠に関わる皆様の、長法被を作らせていただいたご縁で参加させていただいた。1年ぶりにお会いする方もいて、とても楽しい会であった。
飾り山を作られた人形師である中村信喬氏、井上和彦氏のお話は大変おもしろかった。「天神管公一代記」「言論百三十年九州に立つ」という表題の飾り山は、まさに見事としかいいようがない。しばし、時の経つのも忘れて山笠見物と洒落込んだ。
久留米に帰ると、作業はずいぶん進んでいた。すっきりとした、気持ちで7月が迎えられて嬉しい限りだ。
6時に家に帰って横になっていたら、疲れていつのまにか眠ってしまっていた。








