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■野田かつひこ氏。

フォークソング、と聞いて、どのような印象を持たれるだろうか?
「フォーク」というと、条件反射的に「モーリスのギター!」などと感じてしまう私は、すっかりオヤジ化していることは、もうすっかり周知の事実であるが、言いたいのはそういうことではない。
フォークは「民」と訳される。もっと分かりやすく言うと、民衆とか、人々とかそんな意味だ。そうすると、フォークソングは、民の歌ということになる。つまり民謡だ。
アコースティックギターを弾いて、(ちなみにフォークギターというのは存在しない。一般的に言うフォークギターは、アコースティックギターである。)髪の毛を長く伸ばし、ベルボトムのジーンズを穿いている人がフォークの人という感じがするが(いや、そんなのはもういないと思うが)実は民謡を歌う人こそフォークシンガーということになる。
屁理屈と言われそうだが、いわゆる「フォークの人」が「民の歌」を歌っているかどうか、俺は、そのことに疑問を投げかけているだけである。
というわけで、前振りが長くなったが、野田かつひこ氏は、まさにそのような民の目線にたって、「フォークソング」を歌っている男だと私は思っている。
まだ記憶に新しいと思うが、2005年3月20日、福岡を襲った大地震によって、玄界灘に浮かぶ玄海島は壊滅的な被害を受けた。いつまでも続くと思われた島の平和はこの日を境に一変した。
そして、彼は、島民の目線にたち、島民と思いを共有しながら、1曲の歌を書いた。そして、ほどなく、その歌は、島民の子供たちによって、声高らかに歌われる愛すべき歌となった。
そして、それは僕の知りうる限りの歌の中でも、もっともリアルなフォークソングである、と思うのだ。
誰かのために書いた歌が、誰かを勇気付け、そして誰かによってずっと歌われ続けること、それこそがまさに民の歌ではないだろうか?
そして、そんなフォークシンガー野田かつひこ氏は、これからも「民の目線に立ち、歌を歌い続けるだろう。
師走も走る、12月の1日。彼は、久留米市民会館でコンサートをする予定だそうである。彼の心のこもったフォークソングを聴きに行きたいと思っている
■トルコライス。
!
ワケあって、長崎に行った。
ワケもなく、長崎に男が一人で行ってしまったら、ちょっと怖い気がするが、まあとりあえずワケがあって来ているので、その辺は安心してほしいのだが、そんなことはどうでもよろしい。
長崎に白いかもめに揺られて、2時間弱。あいにく指定席が開いておらず、自由席が満席だったので、ずーっと立ち尽くしたままの旅路であっ
た。
長崎に着き、時はちょうどお昼時分。長崎と言えば、ちゃんぽん!とほとんど条件反射的に反応しそうだったが、そこはそれ、大人の俺としては、やや冷静に、かつ慎重に、駅においてある「るるぶフリー」なるフリーペーパーで、今日の記念すべき昼飯を考察(?)することにした。
ぱりり、と紙面をめくっていると、なんと長崎名物「トルコライス」なるものがあるではないか。なんだかボリュームたっぷりで、空腹な俺の心をグッと摑んで離さない、そのいでたちである。
というわけで、トルコライスと言えばこの店、とガイドに忠実に従い、「ツル茶ん」という店へ。
しかし、「トルコライス」に「ツル茶ン」である。なぜ、「トルコ」でなぜ「ツル」なのか。しかも、ちゃん、でなくて「茶ん」だし。いささかの疑問を持ちつつも、まあそんなことはそこらへんにおいて、店内へ。創業14年創業という店内は、なんとも舶来の匂いがそこはかとなく漂う、しぶーい店である。
早速お目当ての「トルコライス」を注文する。わくわくしながら待つこと10分ほど。茶髪の女の子が「トルコどうぞ〜」とか言ったので、ややあせったが、すぐに正気に戻り、念願のご対面だ!(写真参照)
解説が必要だろう。30センチ直径くらいのどーんとしたお皿に、ピラフとスパゲティナポリタン。その上にトンカツが乗っており、かつカレーがかけられている。それにサラダがつけあわせであり、なんともボリュームたっぷりな風貌だ。
味の解説は、というと、ピラフはピラフだし、カレーはカレーだし、トンカツはトンカツだ。説明になっていない、と突っ込みを入れられそうだが、そうとしか説明できないのだ。つまり、洋食の人気アイテムがこぞって大集合している!というわけで、新しい何かではないのだ。
恐らくこういうことだ。私も経験あるが、ファミレスなどに行くと、メニューに目移りしてなかなか決まらないことがままある。そんな優柔不断野郎(別に野郎じゃなくてお嬢でもいいのだが)にはあれもありこれもありのトルコライスは、最高の「ライスもの」(というジャンルがあるかどうかはともかく)であろう。
長崎という地の食は、卓袱料理やちゃんぽんに代表されるような具が多いのが特徴のようだ。たぶん、これは長崎独特のおもてなし文化がなしえている技であろう。とにかくいろんなものを豊富にそろえるということが最高のもてなし、という哲学が根底にある気がする。そしてこの「トルコライス」もその系譜をしっかりと受け継いだ優れものである、ということがしっかりとわかった。
「トルコライス」は、洋食の寄せ集め。それ以上でも以下でもない。しかし、それは長崎のもてなし文化が漂う、心温まる逸品であることも事実なのだ。そんなことを思いながら、がつがつとフォークを動かした。
果たして、トルコライスを完食した。空腹だった俺のお腹は、もう止めて!といわんばかりに膨れ上がった。勝負あった、という感じだ。「トルコライス」恐るべし

ワケあって、長崎に行った。
ワケもなく、長崎に男が一人で行ってしまったら、ちょっと怖い気がするが、まあとりあえずワケがあって来ているので、その辺は安心してほしいのだが、そんなことはどうでもよろしい。
長崎に白いかもめに揺られて、2時間弱。あいにく指定席が開いておらず、自由席が満席だったので、ずーっと立ち尽くしたままの旅路であっ
た。
長崎に着き、時はちょうどお昼時分。長崎と言えば、ちゃんぽん!とほとんど条件反射的に反応しそうだったが、そこはそれ、大人の俺としては、やや冷静に、かつ慎重に、駅においてある「るるぶフリー」なるフリーペーパーで、今日の記念すべき昼飯を考察(?)することにした。
ぱりり、と紙面をめくっていると、なんと長崎名物「トルコライス」なるものがあるではないか。なんだかボリュームたっぷりで、空腹な俺の心をグッと摑んで離さない、そのいでたちである。
というわけで、トルコライスと言えばこの店、とガイドに忠実に従い、「ツル茶ん」という店へ。
しかし、「トルコライス」に「ツル茶ン」である。なぜ、「トルコ」でなぜ「ツル」なのか。しかも、ちゃん、でなくて「茶ん」だし。いささかの疑問を持ちつつも、まあそんなことはそこらへんにおいて、店内へ。創業14年創業という店内は、なんとも舶来の匂いがそこはかとなく漂う、しぶーい店である。
早速お目当ての「トルコライス」を注文する。わくわくしながら待つこと10分ほど。茶髪の女の子が「トルコどうぞ〜」とか言ったので、ややあせったが、すぐに正気に戻り、念願のご対面だ!(写真参照)
解説が必要だろう。30センチ直径くらいのどーんとしたお皿に、ピラフとスパゲティナポリタン。その上にトンカツが乗っており、かつカレーがかけられている。それにサラダがつけあわせであり、なんともボリュームたっぷりな風貌だ。
味の解説は、というと、ピラフはピラフだし、カレーはカレーだし、トンカツはトンカツだ。説明になっていない、と突っ込みを入れられそうだが、そうとしか説明できないのだ。つまり、洋食の人気アイテムがこぞって大集合している!というわけで、新しい何かではないのだ。
恐らくこういうことだ。私も経験あるが、ファミレスなどに行くと、メニューに目移りしてなかなか決まらないことがままある。そんな優柔不断野郎(別に野郎じゃなくてお嬢でもいいのだが)にはあれもありこれもありのトルコライスは、最高の「ライスもの」(というジャンルがあるかどうかはともかく)であろう。
長崎という地の食は、卓袱料理やちゃんぽんに代表されるような具が多いのが特徴のようだ。たぶん、これは長崎独特のおもてなし文化がなしえている技であろう。とにかくいろんなものを豊富にそろえるということが最高のもてなし、という哲学が根底にある気がする。そしてこの「トルコライス」もその系譜をしっかりと受け継いだ優れものである、ということがしっかりとわかった。
「トルコライス」は、洋食の寄せ集め。それ以上でも以下でもない。しかし、それは長崎のもてなし文化が漂う、心温まる逸品であることも事実なのだ。そんなことを思いながら、がつがつとフォークを動かした。
果たして、トルコライスを完食した。空腹だった俺のお腹は、もう止めて!といわんばかりに膨れ上がった。勝負あった、という感じだ。「トルコライス」恐るべし


