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■年の瀬に‥。
2006年もまもなく終わろうとしている。
これを書き込んでいるのが、2006年12月31日の18時57分。これから、テレビを見て、酒を飲んで、そばを食べて、という具合に過ごしていくのだろうが、できれば少しくらいの時間を取って、この1年を振り返ってみたい、と思った。
振り返る、というよりも、むしろ思い出すのは人のことばかりだ。
新しい出会い、というよりも、再会が多かった気がする。しかし、再会といっても、お互いに当時からするとずいぶん変わっているものだから、再会といっても、新たな出会いというニュアンスも含む気がする。
変わっている、というのは、それは容姿はもちろんのこと、その物腰というのだろうか、雰囲気とかも変わっていて、なるほど、時は人を変えていく、というのがわかる。
子供を持った、ということも作用しているのかもしれない。
ああ、結局このようにして、年をとっていくのだろうが、老化などということを意識しはじめているのだろうか。
老化?そんなことを考えたことは今までなかったな。
いや、生まれてすぐに老化は始まっているのだ。当然と言えば当然だ。しかし、それは成長という言葉で片付けられていたことでもあった。
成長?なんか書いててすごくむずがゆい感じだ。
多くの人との別れもあった。
悲しい、という思いはあったのだが、何か一つの時代が終わった、そんな気持ちがしたのも事実だ。
時はただただ流れていく。そんなことを今年ほど実感した年はなかった。
来年は、どんなことが待っているのだろう。
来年は、もっと多くの人に会いたい。そんな想いだ。
お客様へ。
今年も儀右ヱ門をかわいがってくださってありがとうございました。
それから、今年新しく始まった「gi」は少しづつ前に向かっています。
来年も変わらぬお引き立てをいただければ、幸甚の至りです。
どうか、来年が、皆様にとりまして、本当に幸せな一年でありますように。
心から祈念いたします。
2006年12月31日。
久留米にて。オカモト商店 野口和彦。
これを書き込んでいるのが、2006年12月31日の18時57分。これから、テレビを見て、酒を飲んで、そばを食べて、という具合に過ごしていくのだろうが、できれば少しくらいの時間を取って、この1年を振り返ってみたい、と思った。
振り返る、というよりも、むしろ思い出すのは人のことばかりだ。
新しい出会い、というよりも、再会が多かった気がする。しかし、再会といっても、お互いに当時からするとずいぶん変わっているものだから、再会といっても、新たな出会いというニュアンスも含む気がする。
変わっている、というのは、それは容姿はもちろんのこと、その物腰というのだろうか、雰囲気とかも変わっていて、なるほど、時は人を変えていく、というのがわかる。
子供を持った、ということも作用しているのかもしれない。
ああ、結局このようにして、年をとっていくのだろうが、老化などということを意識しはじめているのだろうか。
老化?そんなことを考えたことは今までなかったな。
いや、生まれてすぐに老化は始まっているのだ。当然と言えば当然だ。しかし、それは成長という言葉で片付けられていたことでもあった。
成長?なんか書いててすごくむずがゆい感じだ。
多くの人との別れもあった。
悲しい、という思いはあったのだが、何か一つの時代が終わった、そんな気持ちがしたのも事実だ。
時はただただ流れていく。そんなことを今年ほど実感した年はなかった。
来年は、どんなことが待っているのだろう。
来年は、もっと多くの人に会いたい。そんな想いだ。
お客様へ。
今年も儀右ヱ門をかわいがってくださってありがとうございました。
それから、今年新しく始まった「gi」は少しづつ前に向かっています。
来年も変わらぬお引き立てをいただければ、幸甚の至りです。
どうか、来年が、皆様にとりまして、本当に幸せな一年でありますように。
心から祈念いたします。
2006年12月31日。
久留米にて。オカモト商店 野口和彦。
■ピストルズ。
■向田邦子の勝負服。

先日、小倉まで行くのに、JRに乗ったのだが、その車中に「旅の情報誌:プリーズ」という小冊子があった。
発行元はJR九州というクレジットがある。フリーマガジンであるのだが、なんとなく暇つぶしにぺらぺらとめくっていたのだが、これがなかなか面白かった。
というか、フリーマガジン=タダ=内容が貧困、という図式自体がもう時代錯誤、というか思い込みなんだろうが、その辺で売っている有料の雑誌よりもずいぶん内容充実の冊子もある。むろん、それも玉石混合だろうが、少なくともこの「プリーズ」は少なくとも僕にとっては読み応えがあるものだった。
その中で、向田邦子の特集があった。
邦子は仕事着のことを「勝負服」と読んでいたらしい。
何しろ締め切りが迫ると、「書きとばす悪癖」があったそうで、デザインは着心地重視で、執筆に邪魔にならない、軽くて肩や袖口にかからないもの着ていたらしい。
「よそゆきよりもお金をかけて品質のいいもの」を選んでいたらしい。気に入ったデザインを何枚も仕立てたそうだ。
それで、この冊子に「勝負服」なるものが写っているのだが、風合いがすごくよさそうで見るからにいい感じだ。
絣の服と相通ずるものがある、と直感的に感じた。
僕らの服も、どこかで、誰かの「勝負服」となっていれば、いいなあ、などと考えてしまった。

■「もやい」初出。

現在、儀右ヱ門では、年に4回「もやい」という小冊子を発行している。
大きさは、A5サイズ。小さめのバックにもすっぽり入り、とても見やすい大きさであるが、ここに至るまで、何度かサイズや内容の変更を繰り返して、現在に至っている。
手前味噌かもしれないが、歴代の「もやい」を見ると、それぞれに良さがある。
それで、何でだろうと考えたのだが、それはやはり作り手が真剣に作ってきたからじゃないかなあ、と思う。儀右ヱ門の良さを伝えるために、どうすればいいだろう、と考えたその想いが詰まっているのだろう。
それは当社にとってかけがえのない財産だし、僕はそのことをとても誇らしく思う。
その「もやい」という言葉だが、「一つのものを共有する=結ぶ」という意味だ。
初出は、1999年5月。福岡のリビング新聞に掲載した広告に端を発している。ちょうど「母の日」ギフトのシーズンだ。
「結ぶ」というイメージさながらに、母と子が二人で仲睦ましく一つのバックを「もやって」いる写真を撮って構成した。
タイトルは「もやいに、しやい。」一応「やい」の韻を踏んで、博多弁に近づけようと思ったがこんな風に言うかどうかはわからない。ちなみにモデルは私の母と妹。すべてが手弁当だった時期の良き思い出でもある。
■杉の井ホテル。

先日、別府に行ったのだが、別府と言えばここ!という極私的な思い入れもあり、杉の井ホテルに宿泊した。
思い入れといっても、昔、幼少の頃、何度か訪れた(というか、連れてきてもらった)ことがあるというだけなのだが、まあ、それでもやはり古き良き思い出っちゅうヤツですか?やはり、懐かしさという部分で引かれるものがあったので、恐らく30年ぶりくらいのタイムラグだろうか、今回、記念すべき訪問!という流れになった。
それで、昔の記憶では、ジャングル風呂なるものがあったなあ〜、というのがあったが、今はもうそれはなくて、「棚湯」というすごく立派な屋上風呂があった。
棚湯から眺めた別府の夜景はとても素晴らしく、それはそれで大変感動したのだが、ジャングル風呂の顛末がいささか気になった。
そんなことを思っていると、となりに「アクアビート」という室内プール、というか、擬似シーサイド(という言葉が適切かどうか分からないが)のようなものがあって、それがなんとも昔のジャングル風呂のムードを漂わせていたので、ああ、ジャングル風呂はこれにとって変わったのだなあ、と妙に納得してしまったのだ。
あと、食事のときのウェイトレスさんとかは、中国とか韓国とかからの方が多くて、食事の会場も超満員で、もうアジア的がやがや感爆発!という感じですごく楽しかった。
アジアの中の日本、アジアの中の九州、というのを実感したしだいであります。
■阿倍野近鉄、職人技自慢。

大阪の近鉄阿倍野店7階で開催されている「第15回 全国有名職人技自慢」という催事に私たち儀右ヱ門も出展している。(12月13日まで)
「職人」というタイトルが付いている催事である。私たちも職人という括りで捉えていただいていることに感謝をしたい。会社の名前は「商店」であるが、やっていることは「職人」的なことが数限りなくある、と自負しているからだ。
売ることだけではなく、作ることも私たちの大事な仕事だ。そして、またさらに創ることも。
さらに、そこにはすべて「技」が存在しているのだ。
心(思い・考え)と体(実行)をつなぐもの、それが「技」というものに他ならない。そして「技」というものは、決して目にはみえないものだけれど、とてつもなく大事なものであるのだ。
そんな想いがある。
そして、そのような発表の場を多くのところでいただけていることに心から感謝したいのだ。
大阪。阿倍野。古き良き大阪の文化が色濃く残る素晴らしき地。決して気取らず、しかし、人情に溢れ、大切な何かが常にある愛すべき浪速の
場所。通天閣。少年のころにあこがれた南海ホークスと「あぶさん」の世界‥。
これからも、私たちの大切な「技」を通して、大阪と心の交流が出来ることが出来れば、この上ない喜びだ‥。
■ハローキティ。
キティである。
ハローキティ、というのが正式な名前らしい。ダニエル、というのもいる。こいつはキティのボーイフレンドらしい。あまりメジャーでない、と思うだが、その筋(どの筋かはわからないが)では有名なのだろうか?ミッキー&ミニーに対抗して、キティ&ダニエル、という構図なのだろうが、キティ&ダニエル、であってダニエル&キティではない。昔は女は三歩下がって‥、という風潮もあった(らしい)ので、キティ&ダニエルではなく、ダニエル&キティだろうが〜!などとのたまうオヤジもいたかもしれないが、今となってはそんな人はどこにもいないし、そんなことを考える俺も俺だと思うが、そんなことは本論とは全く関係ない。
キティというのは、体は横を向いているものの、常に顔は正面を向いている。そして、その顔は平面的で無表情だ。
笑ってるのか、怒ってるのか、泣いているのかわからない。それはお能の面を彷彿とさせる。
そして、これは、まさに日本人の表情そのものではないだろうか。
いや、正しくは「欧米から見た日本」である。感情を内に秘めたその姿に対して、クールさと畏敬の念を感じる「ジャパンビューティ」のイコンであるのだ。
ミッキーマウスの立体的かつ喜怒哀楽爆発な様を見ると、キャラクターというものにも、そのお国柄が持つ文化的な何かを感じざるをえない。まさにキティは日本文化の産物であるのではないだろうか。
などと思いながら、大分のハーモニーランドに行って、キティの館に行ったら、喜怒哀楽のキティがずらーっと並んでいて、もろくも私の仮説は崩れ去ってしまった。まあ、人生こんなもんだな。

■かすりのふとん。

大分自動車道の大分光吉インターを降りて、車で10分ほど行くと、トキハわさだタウンがある。
ここは、いわゆる郊外型ショッピングセンターである。が、今流行の(?)専門店モールとGMS、小規模百貨店(2核1モール)というような形態ではなく、百貨店が中央にどーんと鎮座しているショッピングセンターなのだ。
こんなような形態で存在している百貨店は全国でも稀だ。ただ、実際は百貨店の中にユニクロや無印良品などが入っていて、まあ純粋な百貨店というとそうではないのだが、そこはそれ、大分におけるトキハのブランド!というヤツで、いわゆる一般的なSCとは一線を画しているという風情である。
それで、このわさだタウンの(タウンというのもすごいが、まさに街というぐらいデカイので納得である)3階に儀右ヱ門のショップがあるのだが、この建物のでかさに比例して、儀右ヱ門のショップの中でも最大規模の店舗になっている。
そして、現在このお店では、その大きさを生かして、絣のふとんを展示している。
無印のベットに絣のふとんが、とってもいい具合にはまっているのだ。
お値段はまあ確かに張りますが、絣の生地がなんとも肌触りがよく、これで寝ると安眠間違いなし!というようなスグレモノであると自負している。
絣のフトンって、昔はお祝いのものとして使われていたらしい。嫁入り道具として大切にされていたそうだ。
昔はこういう質感のフトンに寝ていたようなあ、という旅愁を呼び戻すのもなんとなく感じる。これは、別に絣屋のせがれでなくても、結構共通の原体験ではないだろうか?
というわけで、モダンであり、でもどことなく昔懐かしい絣のフトンを是非ご高覧に、トキハわさだタウンまで足を伸ばしてくださいませ。
ちなみに、湯布院・別府という有名温泉どころもすぐ!であります。
■朝焼け。




