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■ありがとう。

少し前の事になるが、5月15日から三日間、東京へ出張した。
府中と松戸の伊勢丹さんで、期間限定のショップを展開していて、ご挨拶と現場の確認、およびその他もろもろというのが、目的であった。
この旅の中で、すごく嬉しかったことがいくつもあった。
その中のひとつを紹介したい。
今回のイベントとは直接の関係はないのだが、以前、面識のある方が、府中の伊勢丹に移動されたということで、その方にご挨拶に伺った。
ちょうど、出発の時間が迫っていたこともあり、ご挨拶もそこそこに、これから松戸に移動することを伝えると、どのような経路でいくつもりですか?と尋ねられた。
そこで、京王線で新宿まで行って、山手線、常磐線という具合で、と告げたところ、その方曰く、府中本町まで歩いて、武蔵野線と常磐線で乗り継いだ方が絶対近い、とのこと。
その後、その方は、受付の方やレジの方などほうぼうに聞きまわり、時間を割いて調べてくれた。そして、それが最も正しい移動手段であることを確認してくれた。
責任ある立場の方なので、忙しいであろうことは容易に想像できる。にも関わらず彼は、本当に親切に慮ってくれた。
このとき僕は、すごくでかいバックを持っていて、たぶん新宿の雑踏の中に入り込んだら、ちょっとしんどい思いをしたかもしれない。また、乗り換えにてこずり、大幅に時間を失ってしまっていたかもしれない。
これはその後、電車に乗り込んで思ったことだ。
僕は、彼の機転に助けられたのだろう。
そして、ふと思ったのだ。こういう瞬間こそが「おもてなし」ということであると。彼の好意に心から感謝をしたい。
府中の伊勢丹から、府中本町に移動する途中、目の前に大國魂神社のなんともまばゆい新緑が目に飛び込んできた。
その美しい佇まいを見ながら、ありがたい思いで胸が一杯になった。
■マーケティング。
先日、繊研新聞のコラム「FBへの提案」(ちなみに、FBとは、ファッションビジネス)というコラムで、「現場主導型マーケティングで勝つ」という記事が載っていた。
ちなみに、プランドーム代表取締役 三輪秀男氏という方の提言である。
氏によれば、「マーケティング」とは、分かりやすく言えば、買い手の立場に立った売り方の方法論であり、「マーーチャンダイジング」とは、作り方や買い方の方法論である、ということだ。
また、もう少し詳細な説明として、マーケティングとは、「顧客の立場に立ってニーズとウォンツを分析し、顧客のために商品やサービスを円滑に提供するいっさいの企業活動を言う。製品計画・販売促進・広告宣伝・市場調査など」という風に書かれている。
またマーチャンダイシングとは、「商品化計画であり、適正な商品を、適正な場所に、適正な時間へ、適正な量で、適正な価格をもって提供するために立案すること」とされている。
どうも、「マーケティング」と「マーチャンダイシング」とは、対になっているようだ。
マーケティングは、あちらの立場。マーチャンダイシングは、こちらの立場。そんな感じがするなあ。
すると、人間それぞれ、互いに考えというものは違ったりするから、そこで「ずれ」が生じてくるわけなので、その「ずれ」みたいなものがロスとか、無駄とかそんなもので表れてくるのだろうね。
それで、互いを知る、というか、コミュニケーションというものが大事になってくるのだろうけど、ここが味噌なのではないか、という気がします。
文末に、しょせん男性諸氏は、女性の気持ちはわかりづらい、という認識に立つべきだ、という提言が作者からあった。女性に謙虚に耳を傾けよ、ということが書いてある。
ああ、マジで、耳が痛い‥。
ちなみに、プランドーム代表取締役 三輪秀男氏という方の提言である。
氏によれば、「マーケティング」とは、分かりやすく言えば、買い手の立場に立った売り方の方法論であり、「マーーチャンダイジング」とは、作り方や買い方の方法論である、ということだ。
また、もう少し詳細な説明として、マーケティングとは、「顧客の立場に立ってニーズとウォンツを分析し、顧客のために商品やサービスを円滑に提供するいっさいの企業活動を言う。製品計画・販売促進・広告宣伝・市場調査など」という風に書かれている。
またマーチャンダイシングとは、「商品化計画であり、適正な商品を、適正な場所に、適正な時間へ、適正な量で、適正な価格をもって提供するために立案すること」とされている。
どうも、「マーケティング」と「マーチャンダイシング」とは、対になっているようだ。
マーケティングは、あちらの立場。マーチャンダイシングは、こちらの立場。そんな感じがするなあ。
すると、人間それぞれ、互いに考えというものは違ったりするから、そこで「ずれ」が生じてくるわけなので、その「ずれ」みたいなものがロスとか、無駄とかそんなもので表れてくるのだろうね。
それで、互いを知る、というか、コミュニケーションというものが大事になってくるのだろうけど、ここが味噌なのではないか、という気がします。
文末に、しょせん男性諸氏は、女性の気持ちはわかりづらい、という認識に立つべきだ、という提言が作者からあった。女性に謙虚に耳を傾けよ、ということが書いてある。
ああ、マジで、耳が痛い‥。
■文化街のラーメン「学」。

我々の会社は、文化街にほど近いところに位置している。
と、ここで、「文化街」などと言っても、久留米の方以外ではおわかりにならない、であろう。
「文化街」とは、何を隠そう(いや、隠す必要はないが)飲み屋街である。中州、ススキノ、文化街!というのが日本の三大飲み屋街という風に記憶しているが、違ってたら、こそっと教えてほしい。
それで、その文化街も、久留米の中での飲み屋王!の座を欲しいままにしていたのだが、近年は、ドーナツ化現象と、ライフスタイルの変化により、ややそのパワーに陰りが出ている模様である。
古き良き思いで、と申しますか、昔のパワフルな文化街を知っておる私としては、なんとも憤懣やるかたなし、という具合に、ちょっとばかり寂しい思いをしているのも事実で、こう昔のなんとも怪しく、でもちょっと社交の雰囲気のある、「あるべき文化街」の復活を心待ちにしている次第である。
と、いうことはさておき、文化街にラーメン屋があった。と、いうか、久留米でラーメンを食べるとしたら、こことここ!という具合に決め込んでいたので、近くにこんな店があるなんて知らなかったのである。
その店の名を「学」という。なんとも、上品な名前ではないか。
今日、初めて、入って、ラーメンを食した。久留米のラーメンは、とんこつ味で有名だが、ここのは、その流れに真っ向から刃向かい(?)、薄口しょうゆ味である。というか、ダシ味とでも言ったらいいのだろうか。普段、とんこつを食べなれている私としては、ちょっと意表をつく感じだったのだが、食べてみるとなんともしみじみと心がホッとする感じの味であった。
とんこつが苦手な女性にもお勧めかもしれない。あと、飲んだ帰りとかね。
というわけで、知らないうちに、久留米のラーメン事情も激戦の様相を呈している、というわけで、以上、本日のラーメン通信、これでお開きとさせていただきたく思います。
■九州国立博物館。

今週も、大宰府天満宮に行ってきました。
なんと、二週続けての大宰府もうで、である。今回は、奥さん方のお母さんが福岡に来られたので、じゃあ、先日出来た「九州国立博物館(以下、九博」見物でも行こうじゃないか、との発案から今回の「旅」と相成ったとワケである。
初夏の大宰府は、先週に引き続き、心地よい風と、程よい気温で、たいへん気持ちよい気候であった。
天満宮を参拝したあと、皆で九博へ。
天井が七色に変わるエスカレーターに乗って、館がある山頂へ向かう。近代的な設備と、大宰府の山々に囲まれた自然のコントラストが、大変すばらしい。
上に登ると、ガラス張りのモダンな建造物が現れる。曲線的なフォルムがなんとも見事だ。新緑がまぶしく、目に入る。
皆で館の中に入る。義母は、規模の大きさにびっくりしていた。
義母は、常設展をじっくり時間をかけて、観覧した。また、二人の子供と妻は、「あじっぱ」というプレイルーム、というのだろうか、アジアの玩具で遊べるスペースで大はしゃぎであった。
僕はと言えば、ちょうどエントランスでジャズの演奏会が催されていたので、ずっとそれに聞き入っていた。
サックスの音色がとても心地よかった。奏者はKENG、とクレジットされていた。ケンジ、と読むのだそうだ。KENNY-G(ケニーG)を意識しているのだろうか。それはともかく、素晴らしい演奏であった。
九博の中で三者三様の楽しみが出来た。それぞれに大変豊かな気持ちになれた、と思う。使ったお金は、お賽銭と、途中休憩したときの梅が枝餅の代金だけであった。
豊かな気持ちと、僅かなコスト。なんともパフォーマンスの高い過ごし方であった、と思った。
■スニーカー。

スニーカーが汚れてきたので買い換えた。
生成りのキャンパス地に、モスグリーンのラインが気に入った。名称を見ると「スーパースター」と書いてあった。
この型が、有名なのか、名品なのか、かっこいいモデルなのか、それとも古いものなのか、全く知らないが、「スーパースター」というぐらいだから、すごいものなのだろう。
箱には、「メイド・イン・インドネシア」と書いてあった。
この靴を作った人は誰なのだろう。そんなことに興味が移った。
遠く離れた日本の九州の、福岡の、そのへんのどこにでもいるおっさんの手に渡ったこの靴。
誰が作ったかは知らないけど、すこしばかり大事に履かせてもらおう、と思った。
それが、今まで履きつぶしてきた、たくさんの靴に対するせめてもの償いだ、などと、なぜか、今になって、感じている。



